QQイングリッシュ 理事長 藤岡頼光氏

20141215_藤岡様

英語が使えるようになり人生が変わったという経験から、日本に持っていた会社を全て売り払い不撤退の覚悟でセブに乗り込み、語学学校QQイングリッシュのオーナーをされている藤岡氏。ビルを建てる際にも窓ガラスやソファーなど全ての設計・デザインに携わり、細部にこだわり尽くしてまで目指しているものは一体何なのか。事業を差別化しながら拡大していく発想力の原点を伺った。

ご経歴

1965年 埼玉県浦和市生まれ
1987年 杉並区和泉に株式会社キュウ急便創設
1992年 有限会社バイク配送センター(BHC)創設
2000年 有限会社コネクティングロッド設立
2004年 バイク配送センターが日本バイク便協同組合に加盟
2009年 オンライン英会話「QQイングリッシュ」事業開始
2012年 語学学校「QQイングリッシュ」事業開始

事業内容

・バイク便事業
・オンライン英会話事業
・語学学校事業

 

外食・ジュース一切なし、節約の起業準備


-起業をしようと思ったきっかけは?

18歳からバイクに乗って、好きなバイクで仕事をしたいと思ったのがそもそもの始まり。高校卒業して、浪人してたんだわ。その頃、父が他界して大学に行くのが難しくなったんでバイトをすぐに始めた。けど、知り合いが3年になってるのに遅れて大学に行くの嫌じゃん。よし、アメリカに行こうと思った。

アメリカではTOEFLの点数をある程度持っていると大学の授業受けれるんだよね。アメリカに行くために毎日お金を貯めて19歳の終わり頃にいった。それで、アメリカに行ってみたら勉強向いていないと思ったんだわ。毎日教科書を200ページ読んで10ページくらいのレポート書けって言われて。そんなの寝れないわ。笑 これは無理と思って勉強より金儲けの方が向いてると悟ったんだわ。それでアメリカに行ってみたら世界を見てきたつもりになって、輸入とかアメリカに関係する仕事がしたくなった。で、お金を貯めなきゃいかん、と帰ってきた。

 

-帰国してからどうやってお金を貯めたのですか。
その当時、バイク便ができてすぐの頃で、ライダーのバイトして資本金を貯めてそれから独立した。バイトやってるときは365日のうち360日くらいは働いていたから月給100万円くらい稼いだ。その頃一番働いたかな。お金溜めないといけないから、お酒は飲まない、たばこは絶対に吸わない、外食は100%なし、自動販売機でジュースを買ったこともなかった。運送屋のバイトだったから公園で水飲めばいいじゃんと思っていた。貯まり始めると楽しいし目標があったから全然苦じゃなかったね。

 

-徹底されていますね。お金を貯めてからどうやって事業を創っていったんですか?
バイク便の事業をすれば都内を配達するネットワークができると思った。そうするとそのネットワークになにか載せれるぞ、と。バイク便事業ってオートバイはライダーが全部持ち込むから資本金がいらないんだよね。事務所にかかってきた電話を受けて、ポケットベルを使ってライダーを呼ぶ。とすると準備金がいらない。だから、バイトしていたバイク便の会社のトップライダーを全部引き連れて独立した。後々、その社長が自伝書いたとき、俺めっちゃ悪者として書かれたけどね。その頃は若気の至りでやってしまった笑。今はちゃんと謝って和解して、バイク便協会の理事もやるようになったんだけどね。

 

-引き抜いて起業するとなると強烈に惹きつける必要があると思います。どんな工夫をされたんですか?
やっぱり旗がいるんだよね。元々いた会社が儲け主義の経営だったし、彼らが上場を目指そうとして舵をきったんだよね。そこで、「やっぱり顧客重視でいないといけない」とか良い旗を立てることができて、そこで仲間が集まってってできたんだよね。7人で、貯めたお金を持ちよって事務所借りた。起業してから5~6年は他のことが何もできなかった。まずは事業を軌道に載せるのが大変だったよね。

 

失敗するわけがなかったはずの新規事業だが。。。


-事業が軌道に乗ってからどうされたのですか?
オートバイは200キロ毎日走るからすぐ壊れたり修理したりするんだよね。だからスタッフは毎年自分で買い替える。スタッフが100人程度いたし、バイク屋を事としてやれば自社のライダーだけでも100台くらい売れるから、問屋から都内のオートバイ販売業者としても最大級の取引できると思ったんだわ。バイク乗っているやつが集まっているわけだから、整備士が3人も4人もすごい腕のいいやつがいたし、ホンダやヤマハと直取引もできるだろうと。それはやるしかないでしょう。

 

-バイク販売事業はすぐに大きくなったんですか。
一見、失敗するわけないと思うでしょ。それがね、簡単に行くと思ったら全然甘かった。バイク便の自社ライダーに売っても儲かるわけないんだよね。みんな値切るし、1円でも安いところで買うから平気で他の会社で買う。バイクの整備士も腕はいいけど、接客経験がなくてバイク便のオフィスで働いていたやつが上手く売れるわけがない。店舗も、バイク便のライダーがたむろっているところに一般の客が入るはずもない。バイク産業に入った瞬間に、近所に競合があるって理由で問屋からヤマハとかの仕入れを止められたんだよね。

 

-そこから輸入事業を始められたんですね。
ニーズのあるバイクをオークションで落札してから売るという逆オークションというビジネスモデル特許を申請した。当時、国がやっていた革新法っていう景気対策事業があったんだけど、200社中の3社に選ばれて国が1000万円くれた。国のお墨付きがあるようなもんだから、銀行がお金貸してくれて2億円借りてビルを創っちゃった。そしたら月々の借金200万円の返済が大変だった。けどね、国からお金もらうと最悪。報告義務がめちゃくちゃ大変。そのビジネスモデル特許でやった事業もうまくいかなかったから、うまくいかないっていうレポートを毎年国に送っていた。それで許してくれるのが国は甘いよね。日本の革新のために頑張れっていう施策だったのに思いっきり足を引っ張ってしまった。それでどうにかしなきゃいかんということで輸入オートバイ販売を始めた。

 

-海外に目を向けられたんですね。
縁があってフランスのモペッドっていう原付を売ることになったんだけど、日本で一番の輸入元になって大ブレークさせたんだよ。けど、フランスの会社がとても偉そうだったから一緒にやるのをやめて、イタリアのオートバイを輸入することにした。その会社は創業者が存命の世界最古のバイクメーカーで、オーナーと家族的な付き合いになってね。アメリカから戻ってから20年間英語をしゃべってなかったんだけど、しゃべれるつもりだったんだよ。けど、Haveのスペルも忘れてて、まずいぞと思って通訳つけながらビジネスをしてね。でも家族ぐるみで別荘に連れて行ってもらったりしてるのに、通訳があったり簡単な会話しかできないのは面白くないじゃん。で、英語を勉強しようと思った。

 

人生を変えてくれた英語で世界一を目指す


-英語を話せるようになって大きく変わりましたか?

俺の人生はバイクで終わる予定だったのが、セブに留学して英語をしゃべれるようになって人生が変わった。俺みたいな、ただのバイク好きでさえ英会話学校を始めたし、今は世界4ヶ所にオフィスがある。他にも、イタリアのモーターショーで、香港のある会社と出会った。その会社が電動アシスト自転車のモーターを台湾で創って香港でマネジメントして、中国で組み立ててイタリアのブランドをつけて日本で売るというのこともできるようになった。

 

-バイクと畑違いの語学学校を始めようと思ったきっかけを教えてください。
英語でもっとみんなの人生変えようと思った。これはすごい価値があるし、韓国企業しかいない市場で日本企業はまだ参入してなかった。これはもうやるしかない、と。使命感だよね。海外に出ると、メイドインジャパン製品がすごいから日本は尊敬されてるんだよね。けど、日本にいると人口も減るしビジネスも落ちていくし、景気も悪い。世界に出ていったら絶対に戦えるのに、出て来れないのはみんな英語をしゃべれないから。海外で日本人が英語しゃべったら、「うわっ、日本人なのに英語しゃべれるんだ」って驚かれるよ。しゃべれない人の代名詞が日本人でしょ。これを変えようと思った。

 

-どうしてフィリピン人による英語教育が上手くいくと思ったんですか?
そもそも安いからではなくて、俺はフィリピン人が世界で一番英語を教えるのは上手いと思ってる。彼らはネイティブじゃないんだよね。母国語がタガログとかビサヤ。彼らだって英語を習って身に着けたんだ。シンガポールと並んでTOEICの点数が№1で、世界で一番成功した英語の学習者。そしてさ、日本は英語学習を世界で一番やらかしちゃった国じゃん。世界で一番やらかしちゃった国が世界で一番成功した英語の学習者から学ばないと。ニュアンスの違いとか細かい説明ができるのは、自分たちが学習として英語の勉強をしてその大変さを知っている人。知っている人から学ぶと大事なポイントがわかる。

しかもフィリピン人は、ホスピタリティがある。基本的に大家族で住んでいるから、人に何かをしてあげる天才なんだよね。兄弟が10人いて、みんなで一緒に住んでいるから助け合いの精神がとてもある。第二言語で英語をマスターしていてホスピタリティがある。世界で一番教えるのがうまいフィリピン人に学ぶのが絶対いい。

 

-競合が増えてきているなかで、差別化できるポイントは何だと思いますか?
最後に勝つのはこだわりだと思う。だからうちらはこだわっていかないといけないと思う。単純に欧米化しちゃいけない。マニュアルも作らないし、誰にもまねできない良いもの作ろうと。例えばスティーブジョブズが、当時ガラケーしかない時代に、ユーザーにアンケートをとっても、タッチパネルで画面が大きいスマートフォンなんてアイデアはでてこない。マニュアルとかリサーチとかやるのはダメ。一番初めの核でやっちゃいけない。核は発想で出すしかない。何もないところからいろんな刺激をうけて創る。それをやっていかないといけない。

 

-その発想力はどうやって鍛えられると思いますか?
いろんなことを試すこと。人間の脳みそが一番活性化するのはやっぱり想定外のことが起きて苦労したとき。だから自分をそういう状態に追い込んでいかないとだめ。海外に出るというのはそういうことだし、生き抜く勘を鍛えないといけないと思っている。勘はやっぱりルーティンの仕事をしていても鍛えられないから、想定外なことや思わぬことにチャレンジしていないとだめ。

そもそも企画書がかけるようなビジネスモデルは遅い。俺がやろうとしているビジネスは企画書なんてかけない。企画書ってのは、誰かがやっているものの数字を算出しているだけだからおもしろくない。データ分析とかいろいろリサーチしてとか、人に聞いたりして、いいアイデアが出てくるわけがない。だからそんなマーケティングをするとか数字を出すとか、そんなのはいい。やったことのない新しいことをやって、変化をみればいい。今までの実績から考えるという方法でなく、変化を起こすことが成功の秘訣だと思う。

 

-新しいことをし続けていけば、最終的に負けることはないんですね。
僕たちは日本の会社と闘ってない。日本の会社はどうでもいい。やっぱり闘うのは韓国とか中国の会社なんだよね。韓国は自分たちより先行しているのでそれを捕まえないといけない。韓国を捕まえた頃に中国が絶対入ってくる。彼らが目を向けてきたら、すごい資本で入ってくる。こないだうちに投資するって30億円出そうとしてくるような会社がいた。そんな会社と闘うのに10000人くらいの先生を雇うような状況にしていかないと戦えない。今は何としてでもこれを大きくして中国が攻めてくるまでにプロテクトする仕組みを創っていかないといけない。

 

-日本資本でも競合が増えてきていると思います。
日本の会社で尊敬する会社は数社あるんだけど、大きな会社がどんどん出てきても何も怖くない。大きな会社は取締役が出てくることはあるけど、社長が来ない。韓国の学校は家族を引き連れて社長がでてきて、英会話学校に住んで朝7時から夜11時まで一緒に働くんだよね。そんなところでね、日本の大手資本でお金だけ出して、部長にやってこいって、そこに負けるとは思えない。覚悟が違うんだよ。予算決定権を持って現地でやるんだから。

だから東京のバイク便は副社長に譲ってて、俺は東京の財産を全部売り払ってここに一点賭けしてるんだよね。そしてここに住んでいる。不撤退だよね。韓国人がやってるのと同じことをやれば韓国人に負けるわけがない。それ以上のことをやればいいんだから。日本がそれをやらずに海外で勝てるか。

日本資本で部長同士の戦いだったら勝てるかもしれない。そんなの韓国に勝てるか。やつらは死ぬ気で来ていて歯を食いしばってやるわけじゃん。部長は12時間働けって働くのか。でも自分事だと思ったらやるぜ。お金なかったらインターン生を受け入れて働いてもらうとかお金がないなりに方法を考えるし、諦めるわけにいかん。

 

-上手くいかないときにどう乗り越えてきましたか?
アメリカ人なんてベンチャーのやつがなんぼ働くか。すごい働いているよ。めちゃめちゃ頭のいい奴が、めちゃめちゃ頭のいいやつらと闘っている。正直、ただのエリートは怖くない。エリートさんでリスクを取られたら怖いんだわ。ふつうのエリートは結果を予想してリサーチをして正攻法で来る。企画書がかけるようなやつがうまくいかないってのは、できない理由がいっぱい見えてくるから。できないって思ったところで、偶然の出会いを期待しても企画書にかけることじゃない。

ある会社の会長が俺の父親の小学校の頃の同級生で、その人が無条件の愛情で助けてくれたりとかね。お金も何も払ってないし資本関係が何もないのに助けてくれたとか。そんなの企画書には書けない。進んでいて困ったときこそ、きっと何かいいことが起こるんだよ。

 

-海外だからこそ苦労したことを教えてください。
英語をつかって何でも一生懸命交渉するんだよ。このビルは、ソファーとか窓ガラスとか含めて全部自分で設計してる。一つ一つ自分で創らないと、人に頼んだら10倍は費用がかかっちゃう。覚えたての英語で、一生懸命自分でこだわって交渉しながらやってたんだよ。そしたらフィリピン人のパートナーに2割ほど余分に払わされて、とられてしまった。そいつが急に、俺よりいい部屋に住んで、いい車乗るようになって怪しいなと思っていた。

建築が好きで手伝ってくれてるイラン人とイタリア人のハーフがいるんだけど、イタリア語とビサヤ語が似ているんだわ。そいつが、ビサヤ語で「ふっかけろ」的なことを話してるのを聞いたっていうからいろいろ調べたら、2割ほど横領されてた。でもね、海外でやってる人は全員似たような経験あるよ。俺だけじゃなくて全員騙されてる。でもそれで、文句言って負けて帰った人が終わり。

 

-海外で結果を出せるかどうかの違いは、忍耐力の違いですか?
帰らなきゃ勝つんだよ。だから何があっても不撤退。うちの社員で東京に100何人いるんだけど、給料も日本と同じだけ払うからといってみんなもセブに来いと提案した。で、何人か面接すると、いつ帰れるんですかとか聞いてくるんだよ。「片道切符だ。成功するまで帰らん。」というとビビって誰もこない。俺自身が来てるのにね。そういう心意気でビジネスをやってなけりゃ勝てないしさ。いろんなトラブルがあっても、そういう心意気があれば何とかなるんだよ。

だからね、今のトヨタとかホンダとか世界で成功してる企業って相当苦労したと思うぜ。今のうちらどころじゃない。当時はネットもなんもないわけだよ。船でしか行けないところに行ったりで、いつ帰ってこれるか絶対わからないわけじゃん。開拓しないとどうにもならないし、本国がどれほど応援してくれるかわからない。それでもみんな行ってさ。だからうちらの先輩がすごかったんだよ。

それが今のメイドインジャパンのクオリティと、日本の世界からの評判になっている。そして俺たちは世界第2位でのバトンを引き継いだんだけどね、もらった瞬間に世界第3位になっちゃった笑。君たちに引き継ぐときは第4位になるかもしれない。フィリピンだってやばいよ。どっかで抜かれる可能性はあるよ。

座して死ぬくらいなら打って出よう

 

-今後、どのようなことを仕掛けていきたいんですか?
海外でビジネスやるっていうのは、タイムマシンに乗ってきた感覚だよ。これからどうやって国が伸びていくかわかるから。こっからだからね、この国は。日本で行き詰ったいろんな業界のやつが英語しゃべって出てくればいいのに。もちろん日本人の人生も変えたいけど、フィリピンという国を何とかしたいと思って10年前からいるんだよ。一人でも多く雇用したい。一人雇ったら10人養えるからね。そうやってここで少しでも多くの雇用をつくっていきたい。

 

-海外にいて日本の変化をどう感じていますか?
すごく内向きというか右極化しちゃってるよね。ここ5年くらいでものすごい変わったなって気がする。やっぱり外部を遮断し始めたのがよくないよね。この閉塞感を変えたいし、変えられると思っている。小学校で英会話が始まるし、日本から留学生が語学学校にたくさん入れるようにして世界中から人を集めて教育をやっていく。悲観はしていない。日本を変えるためにやっているから。

 

-日本人が持っている強みってどういうものだと思いますか?
世界に出て一番尊敬されるのはなにかというと、メイドインジャパンのホンダとかスズキ。ジャパンクオリティ。日本は職人を創る天才。技術や腕を上げるための徒弟制度とか終身雇用とか先輩から学ぶ仕組みがあった。

だから俺は日本方式でやろうと思う。韓国はものすごくいいマニュアルを創る。誰がやってもできるというマニュアルを創るのが上手い。市場のニーズを徹底的にリサーチして生徒が望んでいるものを創る。けど、日本人は自分がつくりたいものを創る。テレビのリモコンで、何に使うのかわからないボタンが多いとかね笑。サムスンはそんな無駄なことをしない。だから、リモコンほどではないけど俺がやるなら日本方式の経営で、徹底的に質にこだわっていこうとおもっている。

 

-日本方式を海外で取り入れるのですか?
日本人だから日本方式の経営ができたとは思ってないんだわ。フィリピン人でも日本方式でやれば同じくらいのものができると思っている。クオリティをあげたりとか終身雇用とか徒弟制度があって、みんながいいチームを創るとか日本が培ってきたパターンだよね。その日本というシステムを世界に移行すれば、フィリピンでも日本と同じことができると思っている。もちろん、日本が一番すごいと思ってるんだよ。それでも、日本人だけが持っている性質だとは思えない。フィリピン人でもできるようになると思う。システムが違うだけだから、フィリピン人だって義理とか、助け合いとか気配り、とかおもてなしの精神も、身に着けられると思う。

 

-尊敬している日本人はいますか?
俺ね、他人と比べたことがなくて。別にそういう人がいるとかではなくて、すべての人を尊敬している。誰が偉いとか偉くないとか考えたことがない。だから俺に言わせるとホンダの社長とインターン生がどちらが偉いとか、ない。自分の知恵を持ってやっている人は全員格好いい。かっこつけてるわけじゃなくて、職種によって誰が偉いとかないし、自分と違う人のことを尊敬する。自分が今精いっぱい生きていて、自分が信じたことをやればいいと思っている。

自分のことをマネしてほしいとは思わない。お前にはお前の生き方あるだろう、と。誰としゃべっても、多分こんな感じで普通にしゃべると思う。人によって全然変わらないっていう感じ。自分がこんだけしんどい想いをして努力してんだから、みんなだってすごいしんどくて生きているんだろうなと思う。

 

-若者へのメッセージをお願いします。
思い切ってやりたいことやった方がいい。今はすっごいチャンスがあって、日本の中だけにいるとやばい、絶対つぶれる。日本にいて、座して死ぬくらいだったら外に打って出てやろうと考えたわけだけれども、日本も全然捨てた国じゃない。日本の考え方とか人間の個性とか尊敬される要素をいっぱい持っているし、世界に出たらいっぱいチャンスがある。日本人に生まれたってだけでラッキーだし、しっかりとした教育を受けているだけで世界を見渡すと2、3周先の世界にいる。高卒でバイク便やってた俺だって英語を勉強したからいろんなことができた。だからみんな、英語で人生変えよう。

 

<編集後記>
「コピーしたら絶対に負け。とことん考えてこだわってやることがアイデアの出し方。」藤岡氏に案内してもらった語学学校はフロアによって趣が異なり、窓ガラスのサイズや聞こえるBGMなど空間を構成する細部にまでオリジナリティを追求して創られていた。

インタビューをさせていただいた時、20代前半のインターン生が2人の同席していた。それぞれが事業責任者をしている彼らは、後に鳥取での起業を考えているらしい。

訪問してから数ヶ月が経ち、QQ イングリッシュはセブのリゾート地、マクタン島に
海と自然で囲まれた新キャンパスを設立し、語学学校×IT留学コースも始めた。

韓国資本発で生まれたフィリピン語学留学産業にあって、メイド・イン・ジャパンのブランドにこだわって世界一の語学学校を創ると力強く語った藤岡氏。不撤退の覚悟を貫かれた先に、トヨタやホンダではない今を生きる日本人の力で創られていく新たな日本ブランドの躍動を見るのが楽しみだ。