ファーストイングリッシュ.CEO&Founder 本多正治氏

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当時、赴任して1年足らずの広島で国内大手学習塾「明光義塾」のフランチャイズをきっかけに創業し、セブで語学学校を経営しながら毎日ブログで情報配信を続けている本多氏。10年間の会社員生活で何を感じ、どう過ごしていたのか、起業に駆り立てたものは何か、海外に目を向け、強い日本人を創るための「最高の留学」を謳う事業を始めるに至ったきっかけは何だったのか伺った。
セブで働く社長のブログ
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ご経歴

1971年 兵庫県神戸市生まれ
1994年 住宅設備機器メーカー入社
2004年 明光義塾フランチャイズ事業開始
2012年 語学学校「ファーストイングリッシュ」事業開始

事業内容


・学習塾フランチャイズ事業
・語学学校経営事業

ふつふつとしていたサラリーマン時代があった

-学生時代はどのように過ごされていましたか?
本当にふざけた学生で、アルバイトしてデートしての繰り返しで単位もぎりぎり卒業しました。全然高尚なものは全く持ってなかったですし、教育業界からとか教育を変えたいとかではなかったです。ただ、お金がほしい、馬鹿にされたくないと考えていて、私利私欲がすごい強かったです。スーパーに行って値段を見て買うんじゃなくて、欲しいものは値段を気にせず買えるようになりたかった。

 

-起業されるまでの経緯をお教えください。
住宅設備機器メーカーで10年間営業をしました。
27歳くらいまでは仕事が全然できませんでした。辞表を出したことも撤回したことも何回かありましたし。朝、営業にいくといって外出するものの家に帰って寝て、夕方に会社に戻るみたいにサボったこともありました。そりゃあ売上も上がらないし課長からも怒られるし、これはあかんなと思って変えたのが27歳くらいです。2回目に辞表を提出してそれを撤回したときがきっかけでした。

実際に辞めるといったものの、辞めてから就職ができるかどうかわからなかったし、より安い給料で働くのも嫌だなって思って「辞めるのを辞めます」といって。笑

それで一生懸命働いたら業績もあがってきて仕事が楽しくなってきました。お客さんの売り上げがあがってくるのも面白いし会社の評価もよくなってきて、本多さんと仕事をしてよかったと言ってもらえることが増えてきた。最後の5年間はそんな感じやった。

-会社員として順風満帆のようにお見受けします
入社後9年間は群馬県高崎市に勤務していたのですが、10年目に広島に転勤になったんです。何も知らない場所で4月に転勤になったわけですが、11月に明光義塾というフランチャイズに出会ったので翌年2月にオープンしました。転勤したばかりで広島についても詳しく知らないし、教育関係にも全く興味がなかった。それでも、起業を決意したのは、サラリーマン時代はふつふつしていたんで、何かしたい何かしたいと思ってお金をどんどんどんどん溜めていたんですよ。

新卒の最初5年間は全然貯められなかったんで、そこからは昼ごはんも食べず土日も遊びにいかず後半の5年間で1000万円くらい貯めました。明光のフランチャイズを経営するには家賃とか権利とか広告とか全部入れて1500万円かかるんですよ。そこで500万円借金して作りました。

 

-反対されませんでしたか?
反対したのは家族も含めて全員ですよ。もちろんみんな反対しますよね。一部上場企業にいて31歳のときに年収も年齡の平均年収以上あったのを辞めるということは。それでもみんなに反対されながら押し切って起業しました。

 

-反対を押し切って起業されたのはどうしてですか?
もうこれ以上サラリーマンしてもつまらないと思っていたからですね。ずっと嫌だったんです。自分の仕事が、市場でなくて課長とか上司に評価されるのが。自分よりできていないな、と思う上司がいるわけですよ。そんなのつまらないですよね。あと、グループでリーダーとして引っ張っていくのは好きなんですが、ワンオブゼムで人に合わしていくのは向いていないなと。よく10年間我慢していましたよね。笑

しない後悔よりもしてからの後悔の方がいいじゃないですか。その分、一生懸命頑張れました。最初1年間は休む暇なく仕事して。それで、一生懸命仕事してたら体がついてこない時期があったんですが、点滴を打ってでも仕事していたこともありますね。勝てば官軍、負ければ賊軍ですからね。

 

やりたいから睡眠時間3時間になるのは必然だった

-どうやって規模を大きくしていかれたのですか。
私自身は教室長という立ち位置で、生徒に教えたことがないんです。フランチャイズの経営方法を教えてくれる人がいるという仕組みに助けられました。僕は多店舗展開したかったんで、広島という土地が多店舗展開するのにちょうどよかったんですよ。田舎の方にちらほら教室はあったのですが、広島の都会では誰もやっていなかった。

明光義塾は有名だったのと、チラシをバッと撒いて知名度を上げながら生徒たちのケアを一生懸命していくとどんどん教室が発展していくんですよね。1年少しで生徒数が100人になってうまくいったので、自信がついて一つ、また一つと教室を出して現在は、9教室まで展開しています。

 

-一番つらかったのはいつですか?
体力的には最初が辛かったんですけど、マネジメントしながらアルバイトで働いてくれる子たちと一緒に取り組んでいて楽しかったんですよ。3年目、4年目くらいですかね。次のステップとして自分がマネジメントを外れて正社員の教室長を雇ったんですけど、急に辞めたり横領したりとか、いろんなことがあってその頃はつらかったですよ。泣きながら帰ったこともありますし。ただ、中小企業であればそんなことはいくらでもあると思います。

 

-そんな中で続けてこれたのはなぜですか?
人に裏切られたり本当につらい時期はたくさんあったんですが、辞めるっていう選択肢は全くなかった。ありえなかったですね。だって、寂しいじゃないですか。自分の子供を殺すみたいな選択肢と同じですよ。中小企業なんでリスクを考えるまえにできること考えていった方がいいとおもうんですよ。戦略的な撤退基準があった方がいいとかいうけれども、私の場合は塾なので商圏エリアが2㎞という基準通りにちゃんとやっていればうまくいくはずなんですよ。

 

-どうやって会社を安定させていったんですか?
大きな会社だったら、採用にも教育にもお金かけられるでしょ。中小企業の僕らには何もない。採用も簡単にできないし、知名度もないし、お金もないし面接の仕方も分からない。そんな状況でもタウンワークの広告を見て応募してくれた人を面接するわけです。履歴書の見方も分からないところから始めましたけど、5つめの教室長の募集でいい人材がきてくれました。今、彼女には部長として9教室任しています。その子に来てくれたおかげで大分安定しましたね。

 

-仲間を創ることが大事だということですね。
だから人の縁がとても大事なんです。僕も人を大事にしているし彼女は会社を大事にしてくれる。仕事はすべて人のためにあるものです。人が幸せにならない仕事はない。ここにあるペットボトルを創ることも売ることも扇風機を創ることも修理することも、どんな仕事でも人がベースですよね。企業の資源は人・モノ・金・情報。人がちゃんと育って人財として育っていけば、お金も稼げるし情報も操れるし儲かって、事業を2倍でも3倍にもできる。逆に人がダメであればせっかくの貴重な情報も生きないですしお金も生きないですよ。

 

-人が育つ環境はどうやって作ってらっしゃるんですか?
人の問題は会社の社風の問題なんです。たとえば土地がものすごい良ければ、悪い種を撒いたとしても芽が出るし多少は伸びる。逆に、土地が悪ければどんなに良い種を撒いても成長しないでしょう。要は社風です。社風が積み重なって会社の良い文化ができてくる。そして、社風は誰が創ってるかっていうとトップの人間ですよ。だから、トップは常に自分を磨かないといかんということです。

 

-社風から文化をつくるためにどのような工夫をしてらっしゃいますか?
社風を作るのはとても難しくて、まずはトップが理念通りにやらないとついてきません。経営理念は常に意識していますよね。僕たちは「夢を常においかけ世界中の人に夢を与えありがとうを集める集団である」という理念を掲げています。僕たちが常に夢をおいかけそれによって夢を与えるという思いがあるんですよね。

もちろん、夢がない子も働きにくるし、働いている全員が明確に持っているかというとそうでもないかもしれない。夢ってなかなかできないですよ。でも、目の前にあるものに本気で向かったら神様がそっと階段を差し出してくれる。一生懸命やったら夢っていうものは出てきます。うちの会社がそのステップになれればいいですね。

 

-浸透させていくのは難しいと思うのですがどうされているのですか?
理念というのは器です。世の中には経営者自身が自社の理念に共感していない人もいる。理念は器なので、毎日毎日水を灌いでいくことが必要なんです。そうやって初めて理念として浸透する。入れるのを怠るとただの器になってしまう。

なので、いかに自分が意識しているかトップが見せ続けることですよね。継続するのってほかのことでも大事だと思うんですが、自分が決めたにも関わらず目標を忘れてしまうことってありますよね。ところが常に意識するようにしていけば、それが支えになったり本当のゴールになったり、それを達成できるようになるんです。

 

-誘惑に負けたり流されたりせずに頑張り続けられるのはどうしてですか?
まだまだ未熟ですよ。僕、ものすごい勉強するんですよ。今は体に悪いので6時間寝るようにしていますが、4年間ほどは睡眠時間が3時間でした。5~6年くらい前に、ある研修会社が主催している経営者ばかりの勉強会に出会ってから、必然的にそうなっていきました。例えば飲みにいったりとか仕事の後に勉強したり、人と会ったりと、やることをやっていたら睡眠時間が減っていっただけなんですけどね。

 

-目標を掲げても達成できないことって多々あると思います。
やることやってたら案外できるもんですよ。
僕はやりたくてやっていたっていう感覚ですね。楽しかったですし。根底にやりたいからっていう思いがあるかどうかじゃないですかね。本気であるためには楽しまないと続かないですよ。続かないことは本気っていえないですし、楽しくないと続かないと思います。


語学留学に行って英語を話せるようにならない日本人

-海外志向はどうして持つようになったのですか?
2011年の10月1日~21日までの3週間をかけて、友人の経営者達と3人で世界一周にいきました。それでバンクーバーにいったときに、ワーキングホリデーで来ているのに全然英語をしゃべれない日本人にたくさん会ったですよ。居酒屋にいったらスタッフが全員日本人で、話を聞いてみると学校の授業が1日あたり2~3時間で20~30人のグループレッスン。

それで英語力が伸びずに、日本人同士で集まるわけだから英語が話せるようになるわけがない。意味がないと思って挫折するんでしょうね。約80%が留学に挫折するそうです。それで、日本に帰ってきて1週間から2週間後にもしかしたらビジネスチャンスかもしれないと思って、英語人口が世界3位と言われるフィリピンに1回行ってみました。

 

-そこから語学学校を創ったわけですね。
フィリピンにきて語学学校を調べてみたら、安いんです。年が明けて2012年1月にセブに留学したんですよ。その頃は英語を全然しゃべれなかったんですけど、2月にもためしに1週間行ってみたら本当に素晴らしかったんです。それで、セブに学校を作ろうと思ったんですが、学校を創ったとしても売れないなと思いました。フィリピンの語学学校は、商圏エリアが日本全部なんです。

だから最初にエージェントをつくったんですよ。学校を創ってもお客さんがいなかったら困りますから。既にエージェントはたくさんあったんですが、他の学校の紹介で彼らは十分満足しているから、自分たちの学校を紹介するために福岡から大阪、東京と出て行きました。最初の福岡で上手くいったんです。当時拠点にしていた広島からは近いですし、マニラまで直行便があったので。経営者仲間に相談したら。一緒にやってくれるっていってくれました。それで、2013年1月からセブに住み始めて7月に事業をはじめしました。

 

-経営するうえで最も大事なものは何だと思いますか?
経営者にとって大事なのは絶対に儲けること。儲けたら余裕も出てくるし、人に幸せを与えてあげられるじゃないですか。自分のコップが空だったら何も人に与えてあげられない。まずは自分で満たさないと。きれいごとじゃどうしようもないですよ。経営者は自分が儲かっていないといけない。だから、世の中をこうしたいんだという思いはとても良いんだけど、それをやるためには儲けないとダメなんです。そのために勝てる市場に手を出していくのが必要ですよね。

あとは、根性ですね。僕はここにきたときに英語が話せなかったけれども学校の経営ができるわけです。だから、一番大事なのは飛び込む根性。目の前が真っ暗だけど、その中に飛び込んで真っ暗な中を怖いけど走り抜けることですよね。

 

-これからの日本について
沈んでいく船だと思いますよ。人口が減っているんですから。経済も停滞していくし収入より借金の方が多いんだから良くなるわけがないでしょう。人口が1億人を下回らないように外国人をたくさん受け入れるとか、そのために英語をしゃべれる人を増やすとか方法はたくさんあると思います。

それでも、これからは日本人は世界のリーダーであるべきだと僕は思うんですよ。世界の中でも発展して先進国になりましたし、世界を引っ張っていけるポテンシャルがあるんですよ。中国とか韓国は世界のリーダーにならない。日本人には道徳がって、人を大切にするでしょう。例えば携帯や財布をどこかに忘れても警察に行けば届いていたりする。そういうのは他の国ではもちろんありえない。だから日本はリーダーとして引っ張っていくべきだと思うんですよ。

 

-海外で成功するかどうかの決定的な差は何だと思いますか?
従業員を大事にしてるかどうかですね。もう一つは、ビジネスモデル自体が上りエレベーターに乗っているか、下りエレベーターで一生懸命走っているかで全然違います。英語留学は上りエレベーターですから。たとえ、上りエレベーターであったとしても必要以上に設備投資をしてしまうとうまくいかない。良いものや豪華かなものをたくさん作ったとしてもそこまで市場が広がっていなかったら、そんなにお客さんが来ませんからね。身の丈にあった経営ができるかどうかが大事だと思います。

一番大事な能力は情熱

-座右の銘を教えてください
「行動こそ真実の論拠なり」ですね。4年ほど前に香港で、有名なリサイクル会社の社長が出店したときに話を聞いたら、なぜここまで根拠をもって語ることができるかを考えていました。そうすると行動しているからだなというのが見えてきたんです。行動こそ真実の根拠を持ってくるんだとわかりました。行動しない人は嘘ですよね。やるやるっていっても動かないと意味がないんです。

 

-三国志が好きな本だとお伺いしました
古代から学ぶことってたくさんありますからね。当時の中国の略奪の仕組み、奪い合いは経営でも同じだと思うんです。けれども経営者は倒産させたとしても死ぬことはない。三国志の時代とか江戸時代とか、軍を負けさせると死ぬしかないでしょ。当時は文字通り命がけですよね。味方に殺されるかもしれないですし。僕たち経営者は直接殺されはしないじゃないですか。部下にピストルで撃たれるわけではない。守られてるんですから、何でもできると思います。

 

-尊敬している日本人は誰ですか?
出光佐三と松下幸之助です。二人とも何もないところ、ゼロから大きな会社を立ち上げたでしょ。松下幸之助も小学校3年生までしか通っていないし、出光佐三は大学を卒業しているけれども神戸商船大学。エリート街道ではなく、全くゼロから自分で油屋さんを始めたところから始めたのだからすごいですよ。「海賊と呼ばれた男」という本は出光佐三をモデルにしているので是非読まれた方がいいですよ。

 

-今後どういうことをしていきたいですか?
会社を上場させたいとか1000億円の企業を創りたいとかいっぱいありますよ。とにかく、もっと日本人を強くしていきたいという思いもあります。こんなレベルで成功なんて神様が許してくれないですし、まだまだですよね。まずは年収1000万円以上の従業員を早く作りたいです。そのためにもっと稼がないと皆を幸せにできない。理念と経済は別というじゃないですか。理念は想い、経済はお金。理念だけでは戯言だし、お金だけでは悪に走る。

考え方がしっかりしていてちゃんと稼ぐことができれば、社会に絶対的にいい影響を与えられるようになり、存在価値が高くなります。命の価値は同じですが、少しでも社会にいい影響を与えられるようにしていきたいですよね。

 

-若者に向けてメッセージ
行動してください。思うようにやったらいいんです。目の前にある仕事でも自分で一生懸命情熱を持って集中すればいいんです。情熱は最大の能力ですから。英語がしゃべれるというのも能力ですが、一番必要な能力はやっぱり情熱です。目の前のことに情熱を持って取り組めるか、だけです。情熱は思いを以て動いていけばいいだけの話ですから必ず自分でつくれます。そうやって積み重ねていくと思いがどんどん強くなっていくものだと思います。やりたいことがあるなら、まずは行動してみてください。

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